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朝にテレビをつけないで過ごす

今朝は、なぜか?夫がいつも「ポチ」っと何よりも先につけるテレビをつけずに
外からの鳥の声が聞こえる中で、朝ごはんを食べて、出勤していきました。

私も夫が出勤後、あらためて、テレビをつけずにいたら、洗濯以外に
まな板の漂白やら、お風呂のコーキングの漂白やらに手を出し、
読みかけだった本を読み終え、父からもらった電話で30分も話し、
友人にメールを送り、でも、まだレッスン開始まで30分もある。

テレビってつけないほうが、日常がサクサク回る。

これも断捨離かな~。

昨日のレッスン前に、来てくれているみなさんにお知恵を拝借と、
チョコレートみたいな色のべた~としたシミが壁に残ってるのって何の糞?」
と、聞いたら。

衝撃の
「ゴキブリ」
という回答をいただいて。。。

断捨離の必要性と、掃除の必要性と
「ホウ酸ダンゴ」の作成の緊急性が超高いことを感じたので、
テレビは断って、遅々として進まない断捨離を実践しようと思います。

って、思ってるそばから、ベランダで生きてカサカサ動き回るゴキブリ本体と遭遇。
まだ、ベランダだから、いいか。

実践。がんばります。


どうせ私なんか [肩こり]

今朝は、地区の活動で「道づくり」という草刈り作業がありました。
雨だったんですが、夫は合羽を着て、草刈機で2時間ほど周辺の草刈りをしてくれて
合羽から露出する顔と首筋を蚊にくわれてボコボコにして帰って来たのですが。

あ~、なんかガタガタ音がしてるから雨なのにやるんだ~。と、思いながらも
布団から起き上がらず、朝ごはんも食べさせずに送り出しもしなかった私に
文句の一つも言わず!!

雨の中、合羽を着ての作業で蒸し暑かったろうし、蚊に噛まれまくってかゆいだろうに
一言も文句を言わない夫。

カルマヨガ。ただただ実践するを行う夫。私よりよっぽどヨギーです。
私が同じことをしたら、文句たらたらに間違いなしです。
身近に、こんな尊敬できる存在がいること。この私だから、この夫なんだろうな~。

さて、夫が草刈りをしている間、ぼーっとテレビを見ていたら
「渡る世間は鬼ばかり」の告知が何度も流れて、泉ピン子が「どうせ私は嫌われ者ですよ」
って言っているのを見ていたら、ふっと思いついたんですけど

このドラマが、多くの人に観られて、コメディとしてではなく、共感を持たれているってことは
「どうせ私は」って、思っている人がいっぱいいるってことじゃない?って。

そして、私も長いこと「どうせ私は」っていう人でした。
今は、「どうせ私は」はだいぶ薄らいで、すごく生きやすくなっています。
「どうせ私は」を文頭に置いて、文章を作れっていうお題がでたら、どれくらい文を作れますか?
ついこの前までの私なら、たぶん、すごい数作れます。
でも、ね、その「どうせ私は」の文章をたくさん作ることで、心は軽くならないのです。

「どうせ私は」は、自分を押さえつけ、縛り、動けなくさせる魔法の言葉。
いや、呪いの言葉ですね~。
周りの人に、ほめてもらったり、感謝されたり、喜ばれたりしても、
「どうせ私は」の呪いを自分にかけていると、それらも素直には受け取れない。
好意も受け取り拒否。
受け取り拒否は、相手の言葉を否定することにつながるから、
相手も傷つけることになりますね。
相手の言葉を拒否することは、あなたの言葉を信用しませんってことになるでしょう。

そして、自分の周りは、信用できない人ばかり。
信用できない人ばかりに囲まれていたら
気持ちよく生活なんてできないよね。

そう、「渡る世間は鬼ばかり」です。

ティクナットハン師の本を読んでいて、テレビの影響について
毒された情報を受け取ってしまうから、気を付けるようにって書かれていたけれど
私の師のマスタースダカーも「付き合う人を選びなさい」っておっしゃるけれど
テレビって、付き合う相手と同じかも。選んだ方がいい。もしくは鵜呑みにしない。
「渡る世間は鬼ばかり」を共感して観ていたら、自分が作った「鬼ばかり」の世界から
一歩も出られなくなるのではないでしょうか。

マスターが、繰り返し繰り返し、私たちに言葉と例えを変えて
「自分で自分に刺したトゲを抜きなさい」
「自分で重いと思いながら、手放さずに持ち続けている荷物を下ろしなさい」
「腐ったものをずっと持ち続けるな、捨てなさい」
「自分で勝手に推測してお話しを作るのをやめなさい」
「見当はずれなことをしている自分に気が付きなさい」
と、話し諭してくださって、
私も少しずつだけど、
自分の中に刺したトゲを抜き、荷物を手放し、腐ったものを捨て、お話を作るのを止め
的外れな自分を見つけて恥ずかしくなったりしているところで、

私も8月の合宿の前に自分の中の「どうせ私」の思考パターンにやっと気が付いて。
これは、私が第一子だから、弟が生まれるまでは何にも優先して構われ、
面倒を見てもらっていたのに、弟の誕生で、いきなり2番手になった衝撃、
「お姉ちゃんでしょ」と我慢をしなきゃならなかった結果だ!と思いつき、
今、ちやほやしてくれたって、もっと「いい」人が現れれば乗り換えるんでしょ、
どうせ私なんて一時の天下よ。
と、いうひねくれにつながったのだ!!と結論をつけて、
これは根深い思考パターンだぞとおののきました。

でね、気づいたことでやっとね。「どうせ私は」「私なんか」「どうせ私なんか」
この言葉で始まる文章による態度をとるのを止めよう。自分も相手も幸せにしない。
っていうか、私を大事に思ってくれる人たちに申し訳なかった~って思ったのです。
まだまだ、ついつい「いえいえ、私なんか」って言いがちだけども
過度の謙遜は美しくないですね。

Because of you, I am here. Because of me, you are here.
マスターが7月のヴィヤガラアサナのTTの時に贈ってくれた言葉です。
これってラブレターの1節みたいでしょう。

あなたがいるから、わたしはここにいる。私がいるから、あなたはここにいる。
あなたのために、わたしはここにいる。わたしのために、あなたはここにいる。

恋愛の歌の歌詞になりそうでしょう。

でも、もしこれを

あなたのせいで、わたしはここにいる。わたしのせいで、あなたはここにいる。

こう訳してしまったら、息詰まるグチの嵐の中、ケンカしてそう。

「どうせ私なんか」って思ってるうちは、恋愛の歌詞のようにこれを味わえないと思うのです。
せっかく、今、ここに、生きているんだから、幸せにいきましょう。
「渡る世間は鬼ばかり」じゃない人生を。

昨日は、レッスンに四十肩で腕が背中に回せません。寝ているときも痛くてよく寝れません。
と、いう方が来てくださいました。初めてレッスンをうけてくださった方だったのですが、
シニアヨガのマットコロコロを受けてくださって、「いろんな汗が出る」「もう、いいです」などと
言いつつも身を任せてくれて、結果、肩の動かせる範囲を広げることができて、
次回のレッスンも予約して帰っていかれました。

たぶんね、コロコロされているときは、私を「鬼」と思ったと思うのです。
だけど、肩が楽って結果を手にしたら、笑顔しかない。気持ちよかった~という思いが勝る。
「鬼」としか思えない人も、実は手助けをしてくれてる人かもしれない。
「鬼」としか思えない人の言葉が、耳に痛く心に刺さるのは、
自分が目をつぶって見えないことにしている核心を突いてくる言葉だからかもしれない。

鬼は本当は天使かも。鬼は、本当はあなたを思ってくれる神様かもしれない。

そして、厳しいことを言ってくれる人も、褒めてくれる人も優しくしてくれる人も叱ってくれる人も
自分に関心を持って、接してくれる人。自分を大切に思ってくれる人。裏なんてない。
言葉や態度をそのままに受け取れるようになったら、「渡る世間は鬼ばかり」はコメディドラマ。

泉ピン子の涙に同情するのではなく、ドリフの時に客席からかかる「志村~後ろ~」の声のように、
「なんで、そう受け取るかな~」って突っ込みながら大笑いして観れるのではないでしょうか。

「どうせ私なんか」と、傷つけてきた自分自身と
「どうせ私なんか」ブロックで、私に向けてくれた言葉や態度をはね返したことで傷つけた人と
それでもなお、私を愛してくれる人たちにごめんねとありがとう。

ああ、また長々と。
読んでくださった方、ありがとうございます。



リビジョンオブヨガから3週間 [ビジョンオブヨガ]

日曜の夜に出発し、今朝家に帰ってきました。
去年参加したヴィジョンオブヨガの「見直し」をテーマに群馬で行われた「リビジョンオブヨガ」
5日間の宿泊型で、35名の仲間たちと寝食を共にしながら、18名もの方たちから
食事のお世話などをいただきながら、マスタースダカーとまどかさんに教えをいただく
贅沢な時間を過ごしてきました。

濃い5日間のこと。
私の記憶が薄れる前に残しておきたくて、ブログを書きます。
まずは、前日の話から。

と、ここまで書いていた私。

いつもなら、怒涛のアップ攻撃~をやっていたはず。
それがちっとも書く意欲がわかず、もう3週間経過。
でも、あの貴重な体験を自分の中で収めてしまってはもったいない。

で、今日の今になりました。

あの5日間で私が味わい、わかったことや感じた事は以下の通りでした。

私がどんなにさぼろうと、勘違いしようと、言う事聞かなかろうとあきらめずに見守ってくれ、
同じことを何度でも言葉を変えて説いてくれる師がいるという幸せ。

信頼を持って、向き合える仲間がいて、私にとってその仲間のいびきさえも愛おしいということ。

素直に受け取れば、そこに愛しかない。と思える家族がいることの幸せ。

この世界に、自分はいてもいい。
いやむしろ、
自分がいることを喜んでくれる人が本当にいるってこと。

掃除も洗濯も食器洗いも、実は楽しくやれるんだってこと。

自分の体の手入れは、自分がするもので、自分の体は、手入れのし甲斐があるってこと。

優しい、いい人にみられたいという自分の考えは、人を傷つけるということ。
愛しているからこその厳しさを素直に受け取れるようになったこと。
愛してるからこその厳しさをちょっとは持てるようになったこと。

表面をスーとなぞって、形を追うのではなく、「なぜ」と深く考えることをしてなかったこと。
考えながら、感じることで今まで手にしてたものがもっとわかるように思えるようになったこと。

そして、この経験を通して、
私は、以前よりレッスンで「見逃さなく」なり、「ま、いっか」と思わなくなり、
夫とのデートが今まで以上に楽しくなり、
自分の練習時間をしっかりとるようになり、
自分の練習中に、みんなの励ましてくれる様子が頭に浮かぶようになり、
人からかけてもらえる言葉をはじき返さずに受け取れるようになり、
マスターの高野山でのWSの詳細も発表されていないのに参加者を募りだしています。

相変わらず、
マンガや本を読む時間を減らせず、
掃除が必要そうなのに目をつぶっている場所もたくさんあり、
庭の手入れは行き届かず、
10時に就寝には程遠く、5時半起床が精一杯で、
冬物衣類を片付けきらずに秋を迎えようとしており、
瞑想の時間を積極的にとろうとしておらず、
押入れの中に少しの変化もないのですが。

ちょっとずつしか、変われないけど。
ちょっとずつしか変われないことを嘆くのは止めて、
ヨガの生活をした5日間を繰り返し思い出しながら
日々を過ごしている今です。

私は、周囲の人に影響を与えている。
周囲から私も影響を受けている。

一緒に寝起きした仲間たちの「キラキラ」「ピカピカ」に
またちょっときれいになっちゃった私。生徒さんに背中は20代って言ってもらったし!
その私も、毎日、確実に周囲を「ピカピカ」「キラキラ」にしている。
レッスン後のみなさんの笑顔が、また私にも返ってくる。

素敵な毎日です。きっと、そしてこれはこれからも続く。
波風、台風、いろんなことがこれからも起きるだろうけど、
自分がピカピカだから、ピカピカな仲間もいるから大丈夫。

本物のヨガ、いいですよ~。
みんなもやってみたらいいと思うのです。
本物のヨガを。
ワナカムヨガスクールで。

現在午後10時45分。夫は、夕食も食べずに出かけて行って
いまだお祭りの練習から戻りませんが、それにイライラすることもなく
パソコンの前に座ってられる私。よかったね~、ヨガに出会えて。


断捨離 [ヨガのこころ]

先日、ヨガのレッスンで生徒さんから「断捨離ってヨガの言葉なんですね」って聞かれました。

そして、ぼーっと何の気なしに見ていたテレビでは、
ベトナム人の禅僧ティクナットハン師」の特集がやっていて。
師は、「自分の庭を手入れしなさい。」と。

私にどこからか誰かがメッセージを送っているに違いない。

先月の東京でのワナカムヨガスクールでの学びの日々から
私の内側に、またいろんな波が起きています。

「私は今のままが気に入ってます。今の状態で幸せなんです。」
と、怠慢に逃げそうになる私を師だけでなく、仲間の言葉が支えてくれて
今、毎朝の練習は、楽しみながら続けることができています。

ヨガの師であるマスタースダカーが、今回のTTで私たちに贈ってくれた言葉

「凧を空に高く上げたいと、凧につながる糸を切ったところで、
凧が上昇するのは一時、糸の切れた凧は、落ちるだけ。

自分が今手にしているつながりの糸は、自分を縛り付けるものととらえず、
自分という凧を空に上げてくれている糸なのだ。

人として、生まれてきたこと。そのことだけで、もう十分に満足すべきなのだ。
もっと、高みを目指そうと欲を出して、自分の周りの糸を切ろうとしてはいけない。」

この言葉を味わったから、夫と話し合うことができた。

夫が2時間も話し合いに付き合ってくれたおかげで、ここ1年ほど、胸にモヤモヤと抱えていた
いらだちと苦しさを手放すことができました。

さて、さて。
やっぱり、次は断捨離ですよね。

自分の中に溜まった「怒り」「不安」「寂しさ」を見つめ、感じ、やさしく抱きしめなさいと
ティクナットハン師は、話されました。

瞑想のとき、頭の表面にあることに思いをとられて、
ざわざわとした状態で座ることがほとんどの私。

少しずつですが、自分の中を見る試みができるようになりました。
そうしたら、いつも5分座っていたらもぞもぞと動きたくなる体が、
30分座っているのも苦に感じなかった。

心の断捨離、続けていこう。
もっと、軽やかな心でいたい。変容したい私を応援していこう。

そう、、、実際の押入れの方も。
扉を閉めちゃえば、中が見えないのをいいことに、
乱雑に物にあふれた「開けてはなりません」のあの場所。

きっと、私の頭の中と一緒でしょう。

次のヴィジョンオブヨガを受講する前までには、
新しい学びを受け取れるよう、頭も押入れも引き出しも整理していこう~。
だって私、学ぶチャンスを手に入れたんだから!!




ちゃんと聞く。 [ヨガのこころ]

東京に滞在8日目。あっという間でした。
ヨガの勉強とお盆と友人に会ったり、会えなかったり。
充実した時間を過ごしました。

実家の父に
「よく、旦那さんがこんなに長く家を空けるのを許してくるね」と言われ、
友達にも「すごい愛されてるよ」と、言われ。

すごい愛をくれている夫であることを他の人の言葉で確認する私。
私はちゃんと彼に耳を傾けていなかった。
自分の見たい目線、思い込みの目線で、彼を見てた。
大好きって言いながら。
彼に愛されている自分であることを信じきれてなかった。

シニアTTとヴィヤガラアサナTTで、何度も何度も繰り返して
マスターが言ってくれた「聞け」と、いうことは単純そうで
簡単そうなのに、できてるつもりで、全然できてない。

夫から
「わいの言うこと、聞いてないよね。」って、何度も何度も
聞けてない私を直接に指摘してもらってたのにね。
聞けてないってことすら、聞けてなかった。

明日は、久々に顔を見て、聞ける言葉を
神様の言葉と思って、師の言葉と思って聞こう。

だって!
そこそこうまくいってるつもりな私たちの生活を
いつも自然に笑顔が溢れる生活にしたいから。

空港に行く私を送ってくれた夫が、車の中で見せてくれた
私にとって超キュートな笑顔を
毎日、見たいって、あの時すごく思ったから。





おばあちゃんな私 [介護]

昨日、今日と東京でマスタースダカーのもとシニアヨガの勉強をしておりました。
私もおばあちゃんになって、椅子に座ったままで動けるやり方などなどなど
教わり、練習をし続けた、あっという間の二日間でした。

中身は、濃厚。
今までの学びが濃縮されており、
どんなに身体に無理がある人もヨガから、体に自由が効く人と
同じく美味しい効能を受け取れるような工夫がいっぱいでした。

それを「わー、すごい」と、言ってしまう私ですが
実際には、もう既に美味しい効能を得られるあれこれは、
今までに教えてもらっている。
私は、そこで手に入れたものが素晴らしいことを知ってるのに
それをどんな人にも渡したい!という思いやりや
どうしたら手渡せるか、と考えることや
これをこうしたらいいんじゃない?と思い描くことなどが
足りていませんでした。

なので、マスターが教えてくれることを思いつきもしなかった。

口を開けてエサを入れてくれるのを待ってるだけ。

今回、基本を応用させる方法をたっぷりと惜しげなく教わった。
これもまた、その意味や意義を考えず、ただただ手にするだけでは
今までと何も変わらない。

手にしたものを、錆びつかせ曇らせないように磨き続けないと。
無駄なことを考えている時間をヨガのことを考える時間に。
時間がない〜と言い訳している私の時間の大半は、
必要のないことで占められていることに、私自身、割とはっきり気がついてるし。

そしてなにより、私のメンテナンスもちゃんとしなくっちゃです。。。
使えていない部分、身体も頭も錆びつかせないために。

足踏みしたり、暴走したり、後退さえする私を根気強く導いてくれる師がいること。
同じ方向を向いて、一緒に進んでいける仲間にめぐまれていること。
自分の仕事を大好きと思える今。

あと、自分を愛する心と、周囲を愛する心を常に持てれば、最強でしょ。
言い訳しながら流す涙は拭いて、歩いていこう〜。

七夕 [肩こり]

1年に1度の逢瀬の夜ですね。
織姫と彦星は、首を長ーくして待っていることと思いますが、
私も先日のマスタースダカーのWS以来、首が長くなっております。

前屈の時、
頭から腰までまっすぐ~と、自分でも声掛けしていたのに
首に全然意識を持っていなかった。

首に意識を持っての前屈を日曜日のWSでして以来、
私の肩、首、頭は
そこに存在しないような軽さになっています。

と、いうことで今週のレッスンは、前屈メイン。
肩が軽くなった~、首が長くなった~、肩から泥を落としたような軽さ
などなどの感想をいただいています。
すごいですね、本物のヨガ。

っていうか、今まで首に意識を持たないでごめんなさい。

頭のてっぺんから、背骨まっすぐと、言いながら、
首に意識を持っていなかったのでは、言ってることとやってることがちがうじゃん。

今回のWSでは、「聞くこと」が自分に本当にできているのか?という問いもいただきました。
人の話を耳にするなり、私たちは、自分の過去を引っ張り出して、自分なりの解釈という
味付けをしている。本当の意味で、味付けせずに耳にしたことをそのままに聞けているのか。

私自身、「いいえ」です。
味付け、解釈しまくりですし、そこから派生して別のことを考え出したりすることも。
頭の中で、こちゃこちゃ、ぐるぐるとかき混ぜて、「聞いたこと」を全く別の味付けにして
口に出してみることも得意です。なので、話が飛ぶ、跳ぶ。
何の話してるの?と会話している相手に言われることもしばしばです。
人と話しているときに、話の内容を別物にしてしまうこともよくあります。

「聞く」と「考える」は、別。
まずは、しっかり聞ける人であれ。

自分の声もしっかり聞けていたら、前屈の時に、首が折れていて、
背中から頭までまっすぐになっていないことにも自分で気が付けたのかもしれません。
身体の使い方、動かし方、少しづつではありますが、軌道修正している今。
首を詰めず、頭への血流もよくなって、脳のストレスも減るようになったら、
私の怠慢な態度も改められる。。。気がする。。。

まずは、素直に上半身の軽さを楽しみながら、
これが当たり前の状態をキープしていこうと思います。
胸郭出口症で、肩の関節が硬いんだもん。とか、
レイノー症で指に血が巡んないんだもん。とか、
状態と症状を言い訳にしていたことも、どうも今までの姿勢と関係がありそう。

レイノー症もよくなっちゃう予感です。
目もよくなっちゃう予感もです。
だって、日曜に血の巡りがよくなったせいで、月曜はずっと不思議な頭痛がしてたんです。
目の周りに今まで来なかった量の血液が来たせいで、ずんと響くような頭痛。
今は、血流量が増えたことに顔周りの血管も順応しているようで頭痛は一切なく、
肩から上がひたすら軽い。

不惑を目前にして、私まだまだヴァージョンアップできそうです。

今回のWSでは、うれしい出会いもたくさんあったし、
この7月、3つのマスタースダカーの講座に出席予定の私。
学びの日々を、ただ知識を増やすだけにせず、
自分の中で消化して、実践していけるように努めていきたい。
来週からは、東京です!!すごく楽しみ~。

9日間も家を空ける私。行かせてくれる夫に感謝です。




梅採りシーズン9 完 

無事に今年の梅採りお手伝いも終了しました。

「梅、お疲れ」ということでの、温泉付き、私を甘やかす日帰り旅もしてきました。
以前から、ヨガの生徒さんにお勧めされていた
中辺路の『菜菜』という中華屋さんで、お腹いっぱいランチを食べて、
Cafe de Riccaというお店の真ん中に薪ストーブがあるイタリアンのお店で
お茶をしてきました。

どちらのお店も居心地がよく、菜菜は、この場所で食べれるとは!と思うぐらいの本格中華。
Cafe de Riccaでは、コーヒーとシソジュースをいただいたのですが、
窓から見える景色がすごくいい。次は、こちらでランチもしよう~。

和歌山、山しかないとか言ってたのですが、最近は、おいしいお店もこうやって増えてきて
お出けしがいがあります!!

どれもこれも、梅仕事をしてご褒美。
おいしくご飯をいただいて、おいしい景色を味わってきました。
最後は、川湯温泉の立ち寄り風呂も。

台風がきたら、川に浸かるだろうな~と、いう場所。
河原に作られた露天風呂は、お風呂に入ると目線が川の水面とほぼ同じで、
見上げれば、杉木立。
空もきれいな夏空で気持ちよかった。

うちの梅畑も、梅採り体験に来てくれた大学時代の先輩いわく、
「エデン!」というほどの素敵な環境なのです。
でも、そこで仕事として「梅の実が熟して落ちる前に採る」という任務があると
純粋に、鶯が鳴き、ホトトギスが鳴き、ウサギがはね、木漏れ日の下、風を感じて
いるはずの梅畑をそのものとして楽しめれなくなる。

もったいないことです。
あるものをそのまま受け止めず、
そこに、「暑い~」「重い~」「実が採りにくい場所にある~」
「採っても採っても採り切れない~」「毛虫~」「ダニ~」「蜘蛛の巣~」
「蚊に刺されてかゆい~」「毛虫に触ってかゆい~」などの
私なりの味付けをするから、素敵な梅畑が
時間が来たらサッサッと帰りたい場所になってしまう。

お出かけで、出かけた先は、「いつまでもここでぼ~っとしてたいな~」って
思える場所なのにね。

ぼ~っとできないから、
仕事場の梅畑では、不満や不平ばかりでてしまうのかもしれませんが。

それでも、気持ちが腐らずに仕事ができたことは、大きな成長でした。
シーズンは、もっと楽しめる私になっていたい。

ヨガレッスンも再開です。張り切って、参ります。


梅シーズン最盛期 [ヨガのこころ]

先週から、毎日夫の実家の梅作業をしております。
結婚して以来、9年目。

最初の3年は、毎年発熱してました。
おととしには、「もう行きたくない」と、泣きべそをかいて
「嫁は、熱を出した」と、夫が実家に言ってくれちゃったことも。。。

ume.jpg

でもね、私、去年からは、わりとのびのびとできるようになりました。
自分の考え方を変えられたから。

『役に立つ嫁』でいたかった私。
奥歯をかみしめるように、何かに負けるもんかと頑張ってた。

自分が作った『よくできた嫁』イメージを追いかけてた。
子どもを授からない=嫁失格っていうようなイメージも自分で作ってたし。

周りから評価してもらえないと折れそうだったんでしょうね。私。

妊娠したら、梅作業を手伝わなくてもいいのに!
そうとも思ってました。

だけども今は、体はくたびれているけども、
梅作業が休みになったら、「やった~」って思うけども、
明日も7時から梅畑に行くことが苦しくはないのです。

自分で勝手にストーリーを作るな。
自分が自分に満足していたら、周囲に何を言われようと泰然としていられるはずだ。
毎日はお祭りだ。今を見つめて、今を楽しめ。

マスターに言われた「ヨガ」の心が、染みて来てる気がする。

以前の梅採り作業中、
私ってば、何にイラッとしたり、
グッと辛くなったり、
していたのかしらね~。

とりあえず、今は体の疲れで眠いけども、まだまだ、私やれそうです。

そんな梅作業にも効果があるヨガに出会えるチャンス
6月21日に東京にあります!!

近くにお住まいの方、お時間のある方、お時間を作って、行って体験してください。
あなたが「辛い」と思っていることが、
自分で作った「辛さ」だってことに気が付けるチャンス。

ヨガ奉り

梅が終わってたら、私も裏方として参加しようと画策中。
梅が終わってなかったら、和歌山から心だけは参加。
私のヨガの師が私のヨガ仲間が、めっちゃ笑顔で迎えてくれることを保証します。

一人でふらっと行ってもらって大丈夫。時間も気にせず立ち寄ってもらっても大丈夫。
気になるプログラムに参加してもらっても無料。
お子さん連れも、もちろん大丈夫。行ってみてくださいませ。


ヨガ奉り

東京近辺にお住いの方へ
本物のヨガを6月21日の国際ヨガデーに味わってみませんか?

ヨガ奉り.jpg

私が師事しているマスタースダカーのレッスン無料!!
私の仲間たちからのヨガセラピー無料!!
本物のヨガの効果を自分で体験できるチャンスです。

6月21日当日のスケジュールは、こちら
1ヨガ奉り.jpg

仕事に行く前、休憩時間、仕事帰りなどに、ふらっと立ち寄っての参加も可能です。
フローに関しては、マットの数に限りもあるので、無料ですが、事前予約が確実です。
マットは、貸出もあるので、自分で持っていかなくても大丈夫。
それに!キッズコーナーもあるので、お子さん連れでも行っていただけます。
気負わずにぜひぜひ、行ってみてください。

私も行きたいけど、梅採りの最盛期と重なるので、どうかな~、行けるかな~です。
でも、でも、私の代わりに行って来て。そして、ヨガの効能を受け取って欲しいです。



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