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心細いということ [ヨガのこころ]

今朝は、朝ドラを見て、ずっとティッシュが離せませんでした。
集団就職。しかも、中学生や高校生が卒業後、いきなり都会へ
見知らぬ人ばかりの場所に、ポーンと放り出される。

上野駅で、会社の人に引き渡されるのを待つシーンに
自分が16歳で留学した時に気持ちが重なって、
全く状況は違うけれど、その子たちの「心細さ」に
胸がキューっとなりました。

おばちゃん、わかるよ。その気持ち。

今と違って、電話も身近になく、手紙でやりとりが一般的で
生まれ育った環境から、一変、見知らぬ人に囲まれて
初めての仕事、初めての場所での暮らし。

戸惑い、家を懐かしみ、拒否する気持ちになったり、泣いたり、
いろいろなことを「一人で」やっている気持ちになるんだろうな~。

でも、大きな目線で、ひきでその状況を見れば
会社の人、周囲の人の心遣いや、励まし
何も言わなくても見守ってくれる視線があるんだよね~。

そして、そのうちに環境に慣れ、仕事に慣れ、余裕ができて
楽しいことや嬉しいことやもたくさん起きてくるんだろうな~。

私が留学したのは、忘れもしない1994年。
パソコンも今ほど普及しておらず、ネットも時間課金制。
国際電話は、とっても高くて、1年間で2回ぐらい利用しただけ。
日本の家族と手紙をやりとりしたけれど、郵便の時差があって
ホストファミリーとの間で「言葉の壁」がある間は、
生まれて初めての「超アウェー感」を味わいました。
自分が透明人間になったような、生まれたての赤ちゃんになったような

でも、今思えばその私の絶望している様子も
ホストファミリーは、見守ってくれていて、決して一人ではなかった。

私、あれぐらい強烈なアウェー感を思春期に味わっておいてよかった。
あれ以上のアウェー感を体験したこと、ないです。

そして、自分が経験しているからこそ、人の気持ちを思えるのかも。
今朝、おばちゃんもわかるよ~、その気持ち。と、思って涙しながら
この心細さを味わって、周囲に人のやさしさを感じて、成長していけるって
すごい贅沢だな、って思いました。

私には、自分が生んだ子どもはいないけど、
子どもたちには、もれなくこんなアウェーに感じるけど、アウェーじゃないんだよ。
っていう体験をして欲しいなって思います。

親が、歩いている道の石ころを全部どけて、転ばないように道を整えるのではなく
あえて、親が手伝えない道に進むことを許して、
子供たちには、親がなんでもできるスーパーマンじゃないこと
親や家族以外にも、道を進む手助けをしてくれる人がたくさんいることを、
知って欲しい。

そしたら、いろんなことが起きる人生で、
自分にとってしんどいことが起きているときに
「親のせい」や誰かのせいと責任を自分以外に押し付けず、
犯人捜しをしないで、その目の前に起きている物事に
向き合えるようになるんじゃないだろうか。

誰かのせいにしている人生は、その「誰か」を主人公にしてしまっていて
自分の人生を歩めなくなるんだよ、と私の師、マスタースダカーはおっしゃいました。

自分の人生は、全部自分のもの。
主人公は私。

さだまさしも歌っていますね。
ちょっとニュアンス違うかな。

今週末は、ひっさしぶりに何も予定を立てないで
土曜、日曜と連休にしました~。
予定に追っかけられるでなく、過ごす贅沢をたのしみまっす。



おばあちゃんになっても [ヨガのこころ]

ヨガ的には、50歳からおばあちゃんです。
と、マスタースダカーはおっしゃいました。

あと、10年すると私もおばあちゃん。
若いことはいいことだ!若く見られるということはいいことだ!
と、いうふうに思いがちですよね。

でも、50歳すぎたらおばあちゃん。

体は使用年数50年を超えるのだから、と思えば、確かにそうか。
おばあちゃんになったとき、動ける元気なおばあちゃんでいるために
今、私にはやるべきことがある。

東京でのシニアヨガWSに参加して、おばあちゃんを装って動くつもりだったのに
本気で動いても思うように動かない体のあちこち。
長年使わずにさび付かせた部分は、おばあちゃん年齢手前で、もう動かない。

さびを落とす必要があります。

今回は、私の目の使い方の癖も治し方を教わりました。
左目だけに頼って、物を見ている私。鏡に近づいて、目をのぞき込むと
右目が仕事を放棄して、ついーっとあらぬ方へ動いてしまう。
これを斜視というそうですが。
私、これはしょうがないなと、受け入れ続けてきたのですが、
「バランス悪くものを見ていると、大きなトラブルを起こす」と、
マスターから目のトレーニングをしていただきました。

普段使っていない目を使うので、変な感じがするのですが、
ほんの1分かそこらのトレーニングで、目の前のペンを両目で追えるようになりました。
これで、目の疲れからの頭痛とさよならできる気がする。

いろんなことを受け入れられずに苦しんだりしているばかりでなく、
問題として解決するべきことを「仕方ない」と解決方法がわからなくて
放置したり、いろんな余計と不足を抱えているんだな~と、思いました。

病気になりたがるな、そして、自分を過信するな。
自分の作ったストーリーにしがみつくな。

言葉と、技術で持って、正しいヨガを伝えてくれようとするマスター。
そして、必要な人へ必要な分のヨガの知恵を分けて下さる。
分けてもらった私には、分けてもらった知恵を自分と
そして大切な周囲の人へシェアしていく責任がある。

おばあちゃんになっても、笑顔で毎日過ごすために。
体が硬いから、忙しいから。
言い訳はいくつでもあふれてきますが、
さび落としが、大変になる前に、ゴシゴシして、
体も心も手入れしておかなくちゃ。

そんなヨガに手軽に出会えるチャンスが!
東京近郊の方には、ぜひ参加していただきたい、
6月21日に浅草橋で開催する「VYS621ヨガ奉り」。
終日無料で、レッスンやセラピーが受けられます。
https://www.facebook.com/vys621/

和歌山の皆さんには、なんと、8月27日にマスターが御坊市まで来てくださって
「快適な日常生活のためのヨガ-痛みのない生活を目指して-」を
開講してくださいます!!
http://vanakkamyogaschool.com/ja/events/hatha-yoga-basic-wakayama-goboushi/

自分の体と心と向き合う時間をご一緒できたらと思います。
ぜひ、ぜひいらしてください。



自分以外はみんな社会 [ヨガのこころ]

高野山での3日間ヨガリトリートへ行ってまいりました。
マスタースダカーと一緒に過ごす3日間。
仲間と刺激を受け合いながらの3日間。

高野山.jpg

ヨガの八支則の一番最初、社会とのかかわりを説くヤマ。
ヤマという言葉は存じております。
ヤマには、アヒムサ(不殺生、傷つけない)とかね、
含まれているということも知識としてもっております。

ですが、自分以外は、みんな他者ということをうっかりしていました。
ヤマは社会との関わり。
なのに、家族も他者。
この視点、当たり前なのに忘れてるというか、
意識から外していたような。

生徒さん、ご近所さん、私が、日々出会う人には、にっこりと笑顔で接してるのに
夫には、「口角下がってるよ」と、言わせてしまっているという。
夫は、私の夫ではあるけれど、私の一部ではなく、他者なのに。

なんでこうも忘れてしまうのでしょうか。

「私の」と、所有しているかのように感じているから、
「くたびれてるの。」と、口角を下げた顔を向け、
帰宅した夫に「眠い~」しか言わず。

家族だから許される。と、いうのも甘えであり、怠慢だった。

マスターからの「甘い言葉を口にしなさい」という、指導を心に留めて
高野山からの下山後、夫と会って、みたらば、涙が出そうに愛しかない。
こんなに、彼の話を聞いて、自分の都合以外で話をしたのはいつぶりだったか。

彼が、どう感じたかは、わかりませんが、私の中で話をした。
と、いう満足感を得て寝て起きた今朝。

肩が軽い。
体は、マインドと直結しているを実感しました。

肩がふわふわしてる。
帰宅後はパソコンに向かい、今日もパソコンに向かい、
なんやかやしているというのに、肩が軽い。

高野山で、めくった1ページを閉じることなく進みなさいと言われたこと。
マットでの1時間が日常に生かされなければ意味がないと言われ続けていること。
ちょっと、わかった気がする。アフター高野山の私です。

そんな、自分の新しいページをめくれるチャンスがなんと!
8月27日に和歌山県の御坊市にやってきます。
和歌山で、マスタースダカーのレッスンが受けられるのは、この御坊市のみ。
詳細は、こちら。
http://vanakkamyogaschool.com/ja/events/hatha-yoga-basic-wakayama-goboushi/
ぜひ、体と心が軽くなるヨガを体験してください。