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いろいろ足りない [ヨガのこころ]

すごい幸運なことに私が最初に参加したヴィジョンオブヨガは、
2回目の合宿の機会をいただけて、私もチャンスを逃さず参加させていただきました。

群馬のワナカムヨガスクール オブ セラピー 群馬で過ごした5日間。

足りないものがたくさん見えたし、
自分がまだまだ、自分に貼ったレッテルを
大事に貼り続けていることにも気が付きました。

「自分に責任がある」という思いがないから、ぼーっとして
「愛のない行動」につながるのだ、ということを何度となく実感。

それならば、逆に考えればいいんだよね。
「すべてのことに私は、責任がある」と、思う。
まずは、自分自身。そして、家族、仲間、地域、社会。

思い込みで、「誰かがやってると思ってた」と、
誰かに責任を押し付けるから、自分の練習もさぼる~。
言い訳なんて、即座に100ぐらい並べれるのに、
なんで、2分のポーズキープができないのか。

「時間がない、忙しいというのは、時間の管理ができてないからです。」
私の師、マスター・スダカーは、何度となく教えてくださいます。
辛抱強く、あきらめないで、生徒のために声をかけてくれる。

時間がない~と、さぼった結果の筋肉痛を和らげるために
体を動かさしてくれたり、までも。

ヨガは、アサナだけじゃないんだよ。
ヨガをする人って愛がある人なんだよって、教えてくれる。

そして、私が私にかけている思い込みという呪いを
自分が解くためのヒントをくれる。

卵は内側からの力で殻を破らないと生きていけないのだと、
教え諭し、内側から殻を破るのを辛抱強く待ってくれる。

こんなすごい師に出会えた幸運。

いつものように、ちょっと成長したんじゃないって
群馬から戻った私でしたが、
愛のない振る舞いを続けてきた私には、
その行動で傷つけた人もいまして。
いい気になって、語っちゃってるなよな!と、
何年も前の私の行動をずっと悩んでいたと言われてしまった。

さーっと、血の気がひく思いをしましたが、
ヨガ的に対応するなら、どうする、と考えることができました。
誤解だけど、彼女を苛立たせた状況を
意図なくだけど、引き起こしたのは私なので
謝ることもできた。

ずーっと、煮詰めていた私への彼女の思いを思うと
その重さと濃さにびっくりですが、仕方ないよ。
私の行動がそうさせたのでしょう。
受け取らないでくれたらな~って、手放してくれたらな~って思うけど、

まず、私よね。師なら、どうするかと考えながら、今います。
ずるずると、引っ張られそうになるけど、それじゃヨガじゃない。

未熟な私が、引き起こしたことだしね。
その時々に必要なことしか、起きないのだから。
えらそうに、自分ができてないことを語るなよ、私。
言ってることと自分の行動が同じものにならなくちゃ、私。
やるべきことは見えております。

さて、心の痛みは体にも現れます。
きっと、誰もがそれは経験していると思うのです。
そして、痛みから解放されたら、どれだけ生きるのが楽しいか。
それは、痛みを手放さないと味わえない。

痛みから解放されるヒントが得られるだろうワークショップ
なんと!和歌山県の御坊市で受けられます。
http://vanakkamyogaschool.com/ja/events/hatha-yoga-basic-wakayama-goboushi/

御坊より早く、宇都宮でも同じタイトルのワークショップが開催されます。
http://vanakkamyogaschool.com/ja/events/hatha-yoga-basic-tochigi/

そして、6月21日は東京の浅草橋で「国際ヨガの日」にちなんだ
「ヨガ奉り」が、終日無料で受けられます。
http://vanakkamyogaschool.com/ja/events/vys621-2017/

ヨガの人って、どんな人?ヨガな人に会いたい方、ぜひご参加ください。




愛だな~と、思う [ヨガのこころ]

今日は、旦那様をレッスンに引っ張ってきてくれた方がいました。
「ヨガ、行かないと離婚だよ」と、まで言って。

レッスン前には、私に旦那さんがどんなに体に不調を抱えているか、
その不調を省みていないか、という短い中に愛のあふれたメールもくれて。

旦那さんが、ローラーに言葉をなくされている様子を、
涙をにじませなら、横で見ている奥様。
「私の言うことを全然聞かないのを、先生が敵をとってくれてるみたい」と。

いやいや、めっちゃ愛。

奥さんは、この冬、レッスン予定の朝に腰が痛くなって
「腰が痛いのでレッスン休みます」と、連絡くれたのを
「腰が痛いなら、なおさら来てください」と、レッスンを受けてもらって

ヨガで、腰痛いのとれちゃう。

を自分の体験として知ってくれている方。

長年、体を酷使して、それからくる痛みを「仕方ない」と
我慢強く受け入れている旦那さんを放っておけず、連れてきてくれた。

愛でしょう。

マスター・スダカーもこうおっしゃいます。
「自分がヨガの効能を得る体験をしたら、
自分の愛する家族に同じようにヨガを味わって欲しいと思うはずだ。」と。

だって、愛する人には、笑顔でいてほしいものね。

家族に体の楽さを味わって欲しい。
それをヨガに期待してくれること、
私にその手伝いをさせてくれること。

本当にうれしいです。

「痛みのない生活を目指して」
と、サブタイトルのついたマスター・スダカーのワークショップ
この8月27日に御坊市立体育館で開かれます。

痛みのない生活に憧れる方はもちろん、
家族に笑顔を見せたい方、
家族を笑顔にしたい方、
どうぞいらしてください。

私も愛する夫と参加します。

ワークショップの詳細は、こちら
http://vanakkamyogaschool.com/ja/events/hatha-yoga-basic-wakayama-goboushi/

そして、来月6月21日の「国際ヨガの日」には、
全クラス無料の「621ヨガ奉り」が東京の浅草橋で開催されます。
私たち、マスター・スダカーのもとでヨガを学ぶワナカム生が
マスター・スダカーと共に、ヨガの効能をお届けします。
ぜひぜひ、いらしてください。

クラスは予約が必要です。予約は下のサイトで受付けています。
https://www.event-form.jp/event/1762/8Qjd

予約不要のセラピーコーナーもありますので、
マットも持ってこなくて大丈夫ですし、時間があったらお立ち寄りください。

私の友人も会社の有給とって来てくれると、言ってくれて。
うれしい~。

私も和歌山から、スタッフとして日帰り参加の予定です。
6月21日、浅草橋でお会いしましょう~。


心細いということ [ヨガのこころ]

今朝は、朝ドラを見て、ずっとティッシュが離せませんでした。
集団就職。しかも、中学生や高校生が卒業後、いきなり都会へ
見知らぬ人ばかりの場所に、ポーンと放り出される。

上野駅で、会社の人に引き渡されるのを待つシーンに
自分が16歳で留学した時に気持ちが重なって、
全く状況は違うけれど、その子たちの「心細さ」に
胸がキューっとなりました。

おばちゃん、わかるよ。その気持ち。

今と違って、電話も身近になく、手紙でやりとりが一般的で
生まれ育った環境から、一変、見知らぬ人に囲まれて
初めての仕事、初めての場所での暮らし。

戸惑い、家を懐かしみ、拒否する気持ちになったり、泣いたり、
いろいろなことを「一人で」やっている気持ちになるんだろうな~。

でも、大きな目線で、ひきでその状況を見れば
会社の人、周囲の人の心遣いや、励まし
何も言わなくても見守ってくれる視線があるんだよね~。

そして、そのうちに環境に慣れ、仕事に慣れ、余裕ができて
楽しいことや嬉しいことやもたくさん起きてくるんだろうな~。

私が留学したのは、忘れもしない1994年。
パソコンも今ほど普及しておらず、ネットも時間課金制。
国際電話は、とっても高くて、1年間で2回ぐらい利用しただけ。
日本の家族と手紙をやりとりしたけれど、郵便の時差があって
ホストファミリーとの間で「言葉の壁」がある間は、
生まれて初めての「超アウェー感」を味わいました。
自分が透明人間になったような、生まれたての赤ちゃんになったような

でも、今思えばその私の絶望している様子も
ホストファミリーは、見守ってくれていて、決して一人ではなかった。

私、あれぐらい強烈なアウェー感を思春期に味わっておいてよかった。
あれ以上のアウェー感を体験したこと、ないです。

そして、自分が経験しているからこそ、人の気持ちを思えるのかも。
今朝、おばちゃんもわかるよ~、その気持ち。と、思って涙しながら
この心細さを味わって、周囲に人のやさしさを感じて、成長していけるって
すごい贅沢だな、って思いました。

私には、自分が生んだ子どもはいないけど、
子どもたちには、もれなくこんなアウェーに感じるけど、アウェーじゃないんだよ。
っていう体験をして欲しいなって思います。

親が、歩いている道の石ころを全部どけて、転ばないように道を整えるのではなく
あえて、親が手伝えない道に進むことを許して、
子供たちには、親がなんでもできるスーパーマンじゃないこと
親や家族以外にも、道を進む手助けをしてくれる人がたくさんいることを、
知って欲しい。

そしたら、いろんなことが起きる人生で、
自分にとってしんどいことが起きているときに
「親のせい」や誰かのせいと責任を自分以外に押し付けず、
犯人捜しをしないで、その目の前に起きている物事に
向き合えるようになるんじゃないだろうか。

誰かのせいにしている人生は、その「誰か」を主人公にしてしまっていて
自分の人生を歩めなくなるんだよ、と私の師、マスタースダカーはおっしゃいました。

自分の人生は、全部自分のもの。
主人公は私。

さだまさしも歌っていますね。
ちょっとニュアンス違うかな。

今週末は、ひっさしぶりに何も予定を立てないで
土曜、日曜と連休にしました~。
予定に追っかけられるでなく、過ごす贅沢をたのしみまっす。



おばあちゃんになっても [ヨガのこころ]

ヨガ的には、50歳からおばあちゃんです。
と、マスタースダカーはおっしゃいました。

あと、10年すると私もおばあちゃん。
若いことはいいことだ!若く見られるということはいいことだ!
と、いうふうに思いがちですよね。

でも、50歳すぎたらおばあちゃん。

体は使用年数50年を超えるのだから、と思えば、確かにそうか。
おばあちゃんになったとき、動ける元気なおばあちゃんでいるために
今、私にはやるべきことがある。

東京でのシニアヨガWSに参加して、おばあちゃんを装って動くつもりだったのに
本気で動いても思うように動かない体のあちこち。
長年使わずにさび付かせた部分は、おばあちゃん年齢手前で、もう動かない。

さびを落とす必要があります。

今回は、私の目の使い方の癖も治し方を教わりました。
左目だけに頼って、物を見ている私。鏡に近づいて、目をのぞき込むと
右目が仕事を放棄して、ついーっとあらぬ方へ動いてしまう。
これを斜視というそうですが。
私、これはしょうがないなと、受け入れ続けてきたのですが、
「バランス悪くものを見ていると、大きなトラブルを起こす」と、
マスターから目のトレーニングをしていただきました。

普段使っていない目を使うので、変な感じがするのですが、
ほんの1分かそこらのトレーニングで、目の前のペンを両目で追えるようになりました。
これで、目の疲れからの頭痛とさよならできる気がする。

いろんなことを受け入れられずに苦しんだりしているばかりでなく、
問題として解決するべきことを「仕方ない」と解決方法がわからなくて
放置したり、いろんな余計と不足を抱えているんだな~と、思いました。

病気になりたがるな、そして、自分を過信するな。
自分の作ったストーリーにしがみつくな。

言葉と、技術で持って、正しいヨガを伝えてくれようとするマスター。
そして、必要な人へ必要な分のヨガの知恵を分けて下さる。
分けてもらった私には、分けてもらった知恵を自分と
そして大切な周囲の人へシェアしていく責任がある。

おばあちゃんになっても、笑顔で毎日過ごすために。
体が硬いから、忙しいから。
言い訳はいくつでもあふれてきますが、
さび落としが、大変になる前に、ゴシゴシして、
体も心も手入れしておかなくちゃ。

そんなヨガに手軽に出会えるチャンスが!
東京近郊の方には、ぜひ参加していただきたい、
6月21日に浅草橋で開催する「VYS621ヨガ奉り」。
終日無料で、レッスンやセラピーが受けられます。
https://www.facebook.com/vys621/

和歌山の皆さんには、なんと、8月27日にマスターが御坊市まで来てくださって
「快適な日常生活のためのヨガ-痛みのない生活を目指して-」を
開講してくださいます!!
http://vanakkamyogaschool.com/ja/events/hatha-yoga-basic-wakayama-goboushi/

自分の体と心と向き合う時間をご一緒できたらと思います。
ぜひ、ぜひいらしてください。



自分以外はみんな社会 [ヨガのこころ]

高野山での3日間ヨガリトリートへ行ってまいりました。
マスタースダカーと一緒に過ごす3日間。
仲間と刺激を受け合いながらの3日間。

高野山.jpg

ヨガの八支則の一番最初、社会とのかかわりを説くヤマ。
ヤマという言葉は存じております。
ヤマには、アヒムサ(不殺生、傷つけない)とかね、
含まれているということも知識としてもっております。

ですが、自分以外は、みんな他者ということをうっかりしていました。
ヤマは社会との関わり。
なのに、家族も他者。
この視点、当たり前なのに忘れてるというか、
意識から外していたような。

生徒さん、ご近所さん、私が、日々出会う人には、にっこりと笑顔で接してるのに
夫には、「口角下がってるよ」と、言わせてしまっているという。
夫は、私の夫ではあるけれど、私の一部ではなく、他者なのに。

なんでこうも忘れてしまうのでしょうか。

「私の」と、所有しているかのように感じているから、
「くたびれてるの。」と、口角を下げた顔を向け、
帰宅した夫に「眠い~」しか言わず。

家族だから許される。と、いうのも甘えであり、怠慢だった。

マスターからの「甘い言葉を口にしなさい」という、指導を心に留めて
高野山からの下山後、夫と会って、みたらば、涙が出そうに愛しかない。
こんなに、彼の話を聞いて、自分の都合以外で話をしたのはいつぶりだったか。

彼が、どう感じたかは、わかりませんが、私の中で話をした。
と、いう満足感を得て寝て起きた今朝。

肩が軽い。
体は、マインドと直結しているを実感しました。

肩がふわふわしてる。
帰宅後はパソコンに向かい、今日もパソコンに向かい、
なんやかやしているというのに、肩が軽い。

高野山で、めくった1ページを閉じることなく進みなさいと言われたこと。
マットでの1時間が日常に生かされなければ意味がないと言われ続けていること。
ちょっと、わかった気がする。アフター高野山の私です。

そんな、自分の新しいページをめくれるチャンスがなんと!
8月27日に和歌山県の御坊市にやってきます。
和歌山で、マスタースダカーのレッスンが受けられるのは、この御坊市のみ。
詳細は、こちら。
http://vanakkamyogaschool.com/ja/events/hatha-yoga-basic-wakayama-goboushi/
ぜひ、体と心が軽くなるヨガを体験してください。

最小限の肉体の努力で [ヨガのこころ]

今朝、ようやくウグイスの鳴き声が聞けました。
春です!!

気が付けば、東京でのヴィジョンオブヨガから帰宅して1週間。
今日は、久々に中期のためにマスターからいただいた
「宿題フロー」をやってみました。

筋肉は足りなくて、ブルブルフルフルはするんです。
片足立ちがキープできずに、なんども床に足をついたりもするんです。

だけど、なんと、流れる汗にならない。
はあはあと、息も荒くならない。
ま、ね、キープ時間が短いのもあるのでしょう。
だけど、後期が始まる前は、同じようにフローしてて
汗がマットに落ちていたし、ぜーぜー言ってた。

フローは、宿題!やらねばならぬって1回目のヴィジョンオブヨガを受けたときは思ってました。
でも、今は、このフローをマスターがくださったことに愛を感じられる。
「ヨガの効能を受け取りなさい」って思って作ってくださったフローなんだって思う。

無理やりに力むのを、ようやく手放せたみたい。
いや、筋力のなさを棚にあげてはないです。
でも、力まないから、足が上がる角度が変わった。

関節が、動く範囲に体は動かせるって気が付けてよかった。

前回のヴィジョンオブヨガの受講中、先輩が
「体の動かし方がわかった。前のヴィジョンオブヨガの宿題フローもやってみたい。」
って、言ってるのを宿題フローなんて、もうやりたくないって思いながら
「へ~」って聞いていた私。

でも、今はその先輩の言葉がわかる。
そして、今、自分が味わっている感覚を伝えたい。

先週から、私のレッスンは、片足立ちバランスの時間が増えてます。
で、私の気づきを共有してもらっているので、みんな片足立ちしながら
後ろにのけぞらなくなっています。

伝わっていくことが、すごくうれしいです。

本物のヨガ、もっと知って欲しいな~。みんなに。

4月から、ご縁をいただいて、以前にもお世話になっていた
御坊市の勤労青少年ホールの30人だってはいれる会場で
レッスンを復活させていただくことになりました。

予約不要です。4月は5日の水曜日、19時からになります。
なんと!500円です!!マットご持参でいらしてください。

シルシアサナがやってきた [ヨガのこころ]

正しい練習の仕方を教えてもらっていても、
それを知っていてもやっていなかったら意味がない。

私は、シルシアサナが一人ではできなくて、
そのアサナができる日が来るとはとても思えなくって
そのアサナのための練習方法を教えてもらっていたのに、
まじめに取り組んで来なかったのですが、

8月のレヴィジョンオブヨガに参加してからは、
ほぼ毎日(週に1日はお休み、生理中もお休み)練習を続けてきて
その練習メニューにシルシアサナのための練習も入れていて
いつかきっと、アサナが来るんだ。
いつ来るんだ?
いつか来るんだ。

っていうか、私はその先のピンチャマユラアサナのために練習してるんだも~ん。
って、思いながら続けてきたのです。

そして、この日曜日に仲間との練習会で、私の状態を見てもらって
「肘が浮かない練習が必要だね」と、アドバイスをもらって
肘を頭の高さに引き上げる練習をしてもらって、
それも自分の練習に加えて、2日目。

いつものように、物は試し。と、シルシアサナに挑戦したら!
私、足を伸ばして床に垂直に頭を下にして、肘を支えに立っていました。

ポーズでいられたのは、数秒。だったけど、2回も立てたの。

人生初の自分だけで立つシルシアサナ。

努力は、裏切らないんですね。
正しい努力ならば。

体を支えるための壁は必要なかった!!
自分の体が準備が整えば、部屋の真ん中で、マットの上で一人で
逆立ちができるんだ!!

なんか、なんでもできそうな気がします。
あきらめなければ、練習をやめなければ。続ければ。

継続は力なり。の言葉を疑いなく信じられる。今なら。

私を正しい練習に導いてくれた師、マスタースダカー。まどかさん。
そして、アジャストしてくれて、アドバイスをくれる仲間。
そして、練習を続けた自分。
うれしい。ありがたい。ありがとうございます。

私は、まだまだ成長します。


胸が開いた気分 [ヨガのこころ]

胸の真ん中に白い小さな扉があって、それが開いてハトが飛び出してくるような気持ち。

私には、弟がいます。2歳下です。
お姉ちゃんと追いかけられるのが、うっとうしくて、かわいくて、うっとうしくて。
よく泣かせました。力で勝てているうちは、力で。
弟のほうが力が強くなったら、言葉でメッタメッタにやっつける。

いじわるいっぱいして、親に怒られる様子をみれば、「ざまあみろ」と思って
でも、学校のマラソン大会で1位をとる弟、野球で活躍する弟は自慢な誇らしい弟。

母の介護のためにいろいろしてくれたし、
父と母と二世帯同居もしてくれてるし、
母の葬儀の手配もどんどん動いてくれた。

結婚して、お嫁さんと二人の子供という家族を増やしてくれたし。

弟を小さいころから押さえつけてきた私。
決定的な「これ」とか、「あれ」はなくても
数えきれないほど、「馬鹿」と言ってきました。

感謝の言葉も足りてないよね。

父と弟の奥さんには、去年のVOYのときに
「ごめんなさい。」も「ありがとう。」も伝えられたのに
弟には、伝えられてなかった。

気になってたし、弟の奥さんからも「お姉ちゃん、言ってあげて」って
言われてたのに、面と向かうと弟は「いいよ」と逃げるし、私も追いかけないし。

でも、やっぱり。
電話してよかった。

弟は、「なんか変な宗教始めたの?」とちゃかしてきましたが、
ちゃんとそこは、改めて言わせてほしいと、「ごめんなさい。」を聞いてもらった。

全然、気にもしてないそうです。
私が思うようには。

彼のほうが、実家の土地を全部自分名義にして家を建てたことなどを
私に申し訳なく思ってると。

それこそ、私、全然気にしてない。

拍子抜けするほど、あっけなく言えた。
照れずにこれから、弟の顔を見ても笑顔でいられそう。
年末年始、実家に帰って、弟家族に会うのが楽しみ。

あ~、言えてよかった。弟だけ仲間はずれにしなくてよかった。

お母さんからの宿題、「弟のことよろしくね」に「いやよ」って返事したけど
今から、「任せて!」と、返事を書きかえます。

みんな、大好き。



体の大掃除してきました! [ヨガのこころ]

12月3日。京都でのマスターのWSへ参加してきました。
朝、5時45分出発予定だったのですが、
夫が4時に目覚ましをセットしてくれていたのを
私が「5時」と勘違い。

なんと!朝から水シャワーにスリヤナマスカーラに洗濯する余裕まであって
早起きは三文の徳だな~と、始まりから好スタート。

ご一緒する私の生徒さんと、職場旅行に行く夫に車で海南まで送ってもらって
電車にも上手に乗り継げて、順調に目的地まで到着。
しかし、朝ごはんから4時間が経過しており、私のおなかが「空っぽ」をアピール。
目的地到着を最優先して、京都は都会だからコンビニだらけのはずと思っていたので
途中で食料を調達しなかった。
痛恨のミス!と思いはしましたが、「オナカすいた」アピールは無視することに決めました。

そして、始まった「アンガクリア!!」
手、肩、背骨、胸、股関節、膝。関節に溜まったホコリを掃除すべく動かしました。

足の踏ん張りがきかず、手だけ動かしたいのに全身ダンスになってしまったり、
声出す必要ないのですが、うひ~とか、にゃ~とか声を出しながら
あっという間に2時間経過。
そのあとのトロ~ンとした眠気に最高なシャバアサナ。

始まる前に感じた空腹感はどこかにいってしまって。
休憩時間にお弁当を買い出しに行く気にもならず。
持参した頂き物の手作りクッキーで、満足。

で、2コマ目の「内なる太陽礼拝」クラスがスタート。

部屋もカーテンをしめ、明かりを消して、目もつぶっての状態で
何ラウンドやったのか、数える気にもならず、隣の人と、ちょいちょい
触れ合うのも、全然邪魔には感じず、
自分の無知を照らす灯りが見えそうな気がしてくる終盤。

マスターのおっしゃる自分を俯瞰する自分、ATMAがいつも見守ってくれている
というのが、なんとなく感じられるような。

「あの人、何なの?」と、人を気にする私も
「どう思われてるのかな」と、人からの視線を気にする私も
「あ~、目の下のクマが消えない」と、私を気にする私も
いつもうるさく、にぎやかに私の中で騒がしいその3人が静かになって
うるささの中で、目立たなくなってしまっている4人目の私。

生まれてから、今までずっと静かに見守ってくれている私が
すーっと際立って、その4人目の私が前面にでてきたとき、
自分の中から「静けさ」が生まれ、平和が訪れる。

シャバアサナから起き上がっても
しばらく、口を簡単に開くのがもったいないと思えるような
静けさを味わうことができました。

この4人目の私は、実は常に確実に私の中にいる。
その時に急にどこからか来てくれたわけじゃない。
私が、その存在を際立たせるために行動をすればいいだけ。

ヨガをしている人には、人生の困難が訪れない。と、いうことはない。
ヨガをしていれば、いつも「いいこと」しか起きないということではない。
どんな困難も、家族の問題、金銭の問題、職場の問題、健康の問題、天災も
あらゆる困難は、人生に起きる。

けれども、ヨガをしている人は、それらの問題で、苦しまない人になる。

なぜなら、4人目の俯瞰して見れる私が
自分の中にいてくれることを知っているから。

そして、最後のクラス「瞑想とプラナヤマ」が始まりました。
マスターのWSでは、いつも起きることではありますが、
目の前で、首の痛みを手放す人がいる。

ヨガで、痛みから解放されるのだ。という事実を目に焼き付け、
自分たちも顔に手を当て、声を出すというワークを行って
簡単そうに見えて、力が入りすぎたり、傾きが大きくなったりと
「正しく行う」ことは、すぐにはできなくて難しいのだけれど、
直してもらいながら、続けていったら、

ヨガの練習をしたのだから、もちろんのこと!当然のことですが!
首も肩も軽~い。そして、背骨を伝わって、効果は腰にも足にも。

そして、グルグルと全身を床に預けて転がる気持ちよさも体験。

さらに、目をつぶって、立つというクリアも30分。
これは、VOYでの課題でもあるので、立ち姿勢の直しをいただいて
本当にありがたく。

目をつぶって、立つ。
これも毎日やっているから、京都でのクリアは、12回目とか、
それぐらいになるのですが
最初のときとだいぶ変わってきました。体の感覚が。

これからどうなっていくのか。すごい楽しみです。

でね、合計6時間。とは、全く感じられないWSが終わってしまいました。
結局、起きてから朝ごはんとクッキー以外口にしていないで、12時間。
体が軽く、心が満ち足りていれば、「飢餓感」みたいな空腹感は消える

あ~、楽しかった。よかった~。私がご一緒した生徒さんたちも楽しんでくれた。

で、終わるわけないですよ。
私は、私が目をそらし続けている「ごめんなさい」を言うべき人を思い出しました。
大掃除をしたから、放置してる大きなホコリの塊が、めっちゃ目立つ。
思い出したんじゃないね。いつも知ってるのに目をそらしてたんだね。

生徒さんの運転のおかげで車で快適に帰宅して、ぐっすり寝て、
日曜日の朝は「首がない~」状態。固くなっている気はしてなかったけど、
「首がない」と、思ったってことは、いつもは存在を主張するほど固く
なっていたってことです。

で、いつも嫌々と面倒くさいと文句たらたらで、やっている
地区の家々へのお知らせを配るという、地域活動も
体も軽いから心も軽く、40分かけて、一軒、一軒のポストへ
お知らせを配る道が楽しくて、畑や山や川の様子にワクワクしながら
雨が降りそうな空の雲や雲の切れ間のお日様の光に
心がスキップを踏んでるようで。

私、この「お知らせ配り」こんなに楽しくできるんだ。ってびっくり。

そして、帰っていつもの10分瞑想をしようと座ったら
でっかいホコリの塊がどーんと胸の中にある。
もう目をそらしようがない。

よし!勇気を出して電話する。
と、思ったけど、逃げてしまっての今日の朝です。

仲間の勇気ある行動を聞いて、私もと、思いながら一晩逃げてしまった。
でも、やっぱりでっかいホコリがあるので、これを掃除する。
目をつぶって30分立てた私。WSをクッキー2枚でしのげた私。
会えば、ハグしてくれる仲間がいる私。
一緒に京都まで行ってくれる生徒さんがいる私。
海軍カレーをお土産に買ってきてくれる夫がいる私。

きっと、できる。
大掃除ができたら、報告を聞いてやってください。




知らないのは愛し方 [ヨガのこころ]

東京でのマスタースダカーのWSに行ってきました。

今回もまた、心に響くお話を伺ったので、シェアさせてください。

マスターからの質問。
自分のことを好きだ~と言ってくれるよく知らない1万人に囲まれているのと
自分が好きだと思う人、2人か3人か、4人ぐらいといるのと
どっちが快適で、居心地がよく幸せですか?

自分が好きと思う人といること。と、いうふうに私は思いました。
その場にいた人たちもみんなそっちの状況を選んだのですが。

そこで、また質問です。
一緒にいるだけで居心地が良い人たちに
「愛しているならこうしてくれていいはず」
「私を大切に思うなら、こうしてくれ」
「こんなに愛しているのに、なぜこうしてくれないの?」
と、なぜゆえに不平不満を持つのですか?

自分が好きな人と一緒にいられたら、それで幸せと言いながら
自分が好きな人と一緒にいながら、あれこれ注文をつける。
考えと行動が一致していないよね?
だから、苦しむんだよ。
「自分が好き」という気持ちがある人と一緒にいる。
それだけで、いいじゃないか。

自分が愛されたい、愛されていると確認したいという気持ちを失くして
自分が愛していることを好きだということを大切だということを
伝えることだけしたらいい。

あなたが、わかっていないのは、愛し方です。と。

そうだ~。
愛し方がわからない。

構いまくることが愛すること?
くっついていることが愛すること?
手をかけた料理を作ることが愛すること?
居心地良く家を整えることが愛すること?
高いプレゼントを買うこと?
食事に連れて行くこと?
喜んでほしいと思う事?

わかりません。
愛し方。

ただ、
こんなにしてるのに!とか、こんなに頑張ってるのに!とか
思っているところに愛はなさそう。

WSの前日、夫が買い物袋を家に運んでくれたのですが、電話が鳴って
慌てて電話をとるために、買い物袋を床へ落とすように置いて。
その袋には、卵が1パック入っていたので、グシャっと音がして
10個中8個の卵にひびが入ってしまいました。

私がしたこと。
買い物袋の中身の確認。
卵の割れていることを確認。
ボールを取りだして
「バカなの?ばかなの?ばか?バカじゃないの?」と
繰り返しながら、卵をボールに割り入れ。
生卵での保存はきかないから、卵焼きにしなよと夫に指示。

愛がない。

卵を不注意に割った行為に腹を立ててたのも確かだけど、
私の電話には出ないことが多いのに、そんなに慌てて電話に出たことへの嫉妬。
普段よりちょっと値の張る卵を買ったのに~という気持ち。
今日の夜から夜行バスに乗るから、
やることいっぱいあるのに余計な仕事を増やしてという気持ち。

そんな卵が割れたとは、関係がない気持ちがぶわっと噴き出しての
「バカじゃないの」攻撃になりました。

女性の脳幹はね、男性に比べて太いから一つの事柄からどば~と
いろんな感情をあふれさせれることができるんですよね。

いやいや、でも愛がない。
自分のことばかり。自分が損する?不利益を被る?という思いから出た言動。

私が車を廃車にしても、ひとつも怒らない夫ですのに。
割った卵8個分で作った卵焼きを夜行バスで朝帰りした私の朝食用に
一人分を残しておいてくれるような愛がある夫ですのに。

私の中の虎は、制御が全然ききません。
がーっと、暴れまわるばかりです。

愛し方を知らない私。
マスターのところでヨガ勉強しても何も変わらないねと。
夫に言われる私。
変わっているつもりなのに、変わってないとこをは変わってなくて。
私の中の動物性を抑えられる日が、いつか来るように
一歩一歩進むしかない。
そこに愛がないって気が付けるようになっただけでも進歩だと思って。
今日もヴィヤガラアーサナの練習をします。



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