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VYS621ヨガ奉り  [ヨガのこころ]

Thank you all.jpg

6月21日、夏至の日は、国際ヨガの日。
今年もまた、仲間たちと師を迎えて
ヨガを広く多くの方に気軽に体験していただきたいと
VYS621ヨガ奉りを開催し、無事に閉幕することができました。
関わっていただいたすべての方、参加いただいた方に感謝です。

今年、私は受付にいて
1000人の参加予約をいただいた方とお会いできるという
嬉しいポジションでした。

そして、「行くね」と、言ってくれていた大学時代からの友人にも
受付だったので、直接に会うことができました。

で、何よりもうれしくて驚いたのが
去年もヨガ奉りに来てくれたさおりんさんが
今年、何の予告もなしに来てくれたこと。

さおりんさんとのお付き合いは、このブログを介して始まって
長期入院をした経験をお持ちだったさおりんさんには、
私の母が、退院後に苦しんでいるときに会って励ましてもらったり
私が東京の実家でヨガサークルをしているときに、息子ちゃんと参加してくれたり

私が和歌山に嫁に行ってからは、なかなか会う機会はなかったけれど
FBでも繋がって、八朔を買ってくれたりとお付き合いを続けてこれた友達。

ここからは、さおりんからの許可もいただいたので、彼女の話を。
「今年は、治療をしているお薬との相性で、八朔が食べられない」
と、連絡をもらった今年の初め。
副作用でシンドイ彼女の様子に、梅干しを送らせていただいたのですが、
それがとても嬉しかったと、こっそりこっそり、体調を整えて、
今も治療の途中でいるにも関わらず、「内緒にしたかったの~」と
私が受付にいなかったら、会えたかどうかもわからないのに
同僚の方と、その方の娘さんたちと「VYS621ヨガ奉り」に参加してくれたのです。

彼女のサプライズは、大成功。
後ろから近づく人影になんだなんだ?と思ったら
聞きなれた声!!
「さおりんじゃ~ん」って、顔を見たら
泣きそうになりました。

そして、お土産になんともおいしそうな
虎屋のあんこペーストをいただいちゃった。
梅干しがあんこになった!!

そして、さおりんも聞いているんだ~と、思いながらの
マスタースダカーの座学は、沁みました。
「今、病気だとしても生きている。」
「生きているということは、生きていなさいということ」
「生きているだけで、祝福されている」
そんな言葉を受取ったさおりさんの病気はきっときっと治る。

イベント後、「楽しかった~」と写真と一緒に送ってくれた
メッセージにまた胸がいっぱいになりました。

出会いも起きることもすべてが必然。
こんな風に、ご縁がつながっていることも。
愛しかない。

心から出会いに感謝です。

wings blog.jpg

自分が愛することをしなさい
自分がすることを愛しなさい

師が、ヨガの心をそんな風に
わかりやすく伝えてくれます。
そして、その言葉は私だけにとどまらず、
周りの人へも私の行動で伝わっていく

私には、ヨガの仲間がいます
members blog.jpg

ヨガの仲間たちには、
私にとってのさおりんさんのように友達がいて
家族もいて、生徒さんもいる

そして、その友達、家族、生徒さんにも
友達、家族がそれぞれにいて

ヨガの心で向き合ったならば、
それは、きっと伝わって、広がっていく

ヨガ奉りは、今年は終わりました。
でも、ずーっとずーっとヨガ奉りは続いてる。
ヨガの心で、一緒に楽しんだ気持ち、
涙した言葉、幸せに生きるために
不要なものを手放そうと決心したこと
それは続いていく。

例え、目をそらしてもずっとどこかに残る。

だって、ヨガの種はもう植えられているし、
神様が大いなる力が、自分の内側にあると気が付いてしまったから。

1000人のお申込みをいただいて、800人を超す参加をいただいて
私たちが手渡したかった「ヨガからの贈り物」は、きっと届けられた。
それが、さらに広がって日本中が、世界中が「幸せ」な人であふれますように。

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恐れることはありません [ヨガのこころ]

梅の収穫最盛期を迎えている和歌山から
群馬へ3日間、ヨガの学びを深めるために行ってきました。

2015年から学び始めたシニアヨガ
マスター・スダカーは自分が見ている世界を
みんなにも見せたいのだとおっしゃっていて
この3日間で、マスターの見ている世界への
カーテンを開いてくださって

そういうことだったのか!!と
マスターの根気強さと思いやりの深さと
ヨガの智慧の底知れない広がりに
いつも以上に感動した時間を過ごしました。

すべてのことには意味があり、
ただ、それを知るためには忍耐が必要であり
本を読むためには、字を知らなければならず、
単語を知らなければならないのと同じで

智慧を理解するためには、今まで手渡されたことを
体感して知っていることが必要であり、
その情報を持って初めて、本のページを
読み解いていくことができるのだと。

自分がいかに恵まれているかということ
そして、どれだけ責任を預かっているのかということ
私の心が震える体験を多くの人と分かち合い
独り占めしないために
また、いろいろと考え実行していこうと思います。

私の通っていた幼稚園はキリスト教の教会が運営していたので
毎年、クリスマスに降誕劇をやっていました。
イエスを懐胎しているとマリアに告げる大天使ガブリエルの
「恐れることはありません。神があなたと共におられるのです。」というセリフが
なんだか、とても記憶に残っているのですが、

今回、私たちにマスターもまた
「恐れることは何もない。私たちは生きているのだから。この魂が肉体を離れるときまで。」と
おっしゃって。

ああ、私はいつもいつも何かを恐れていたのだなと思ったのでした。
師がいて、仲間がいて、早朝に高速バスのバス停に迎えに来てくれて
シャワーを浴びている間に朝食を作ってくれる夫がいて
何も恐れることなど、私にはない。

また、新しいドアを開けた気分です。
威勢よく、バーン、ドーンと開けたのではなく
茶室に入る襖を開くように
静かに、静かに、でも意志を持って。

恐れることは何もない。
魂がこの肉体を離れるときまで、私は祝福されている。
そして、魂はまたみんなと一緒になるんだな~。

ヨガに出会える幸運を多くの人と分かち合いたい。
私は、そのためにできることを続けていきます。

6月21日は、夏至。そして、国際ヨガの日です。
東京の渋谷区スポーツセンター屋外運動場で
私は、私の仲間たちと
「ヨガを広めるため、ヨガを多くの人に体験していただくため」
師であるマスター・スダカーを迎えて『621ヨガ奉り』を開催します。

もうたくさんのお申込みをいただいていますが、
もう少しだけマットに余裕があります。
ぜひぜひ、ご自身で体験をしに足を運んでください。

621forblog.jpg

お申込みはこちらから
http://www.vysyogamatsuri.com/
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母の日を前に [ヨガのこころ]

かわべ町でのママヨガ
自宅でのレッスン
今日のレッスンは、ここまで
どちらもお母さんとお子さんで参加していただくレッスンだった。

だからでしょうか。
母の日が近いからでしょうか。
母のことを思います。

長谷寺forblog.jpg

母が旅立ったのは2014年。
もう4年前になります。

写真では、手をつないで仲良さげですが
きっつい娘だった私です。
甘い、やさしい言葉を上手に手渡せなかったし
母にずっと笑顔ではいられなかったし
甘えていたのだと、今は思うけれど

もっと、素直な甘え方ができていたらよかったね。

過去は過去。

ヨガをマスタースダカーの下で学びだして
親がいなければ自分が存在しないという当たり前のことが
感謝できていなかったことにも気が付いて
母に会って、感謝を伝えたいけれども
それは、叶わないことなので、

私の中に生きている母に感謝をしよう!と、思うのです。

ヨガ仲間の料理教室で、
自分が食べるものは、自分の中にいる神様へ奉げる食事と
教えてもらった。

私自身が、神棚で、仏壇。
食事はお供えするもの。
と、考えるといい加減なことはできません。

毎回の食事、母が喜ぶようなものを。
で、今日のお昼には、「カツオの刺身」地物を食べちゃった。
母は、きっと大喜びです。

私の母には、対面して会うことは叶わないけれど、
今日の午後は、82歳のお母さんにヨガをと
生徒さんがご自身の大事なお母さんを連れて来てくれた。

私の生徒さんも私の母と同じ、
生徒さんのお母さんも私の母と同じ。
お母さんをアシストさせていただきながら、
お二人のシャバアサナを見せていただきながら
なんとなく涙が出そうになりました。

大事なお母さんの体を預けてもらえる
信頼してもらえるヨガを学べていてよかった。

私の師、マスタースダカーもいつもそう言ってくれます。
目の前にいる人は、自分の母、姉、妹と同じと。
だから、嘘のない指導をしてくれる。

そんな師に出会えて、
その師に学んだヨガを信頼してくれる生徒さんに恵まれて
私は、とても幸運で幸せだと思うのです。

そんな幸せをどうか多くの人が知ってくれますように。
そんな幸運を手にする人が増えますように。
そんな思いで、「ヨガ奉り」。

621forblog.jpg

今年は、渋谷で屋外で、1000人で、マスタースダカーの直接の指導を無料で受けられます。
梅作業中ですが、私も和歌山から往復夜行バスの弾丸ツアーで参加の予定。
大事なお母さんと一緒に。
お母さんへの思いを胸に。
ヨガ、しませんか?

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手が冷たい [ヨガのこころ]

朝から3時間ほど、PC作業をしているのに
私の右手があったかい!!!!!

手が冷たいのは、心が暖かいから
と、聞いたことありませんか?

そう言い続けてきた私。
なぜって、私の手、眠い時以外は、冷や冷や。
生徒さんに触るときも「手が冷たくてごめんなさい」
と、言ってから触らせてもらってました。

なんせ、肩こりがひどく、仕事中に右腕に力が入らなくなって
整形外科に駆け込んで「運動をしなさい」と言われたのが
私がヨガを始めたきっかけです。

肩こりの改善はしていました。
腕を耳の後ろに伸ばすこともできるようになった。
でも、長くPCを触っていると右手が冷たくなってくる。
冷えると指先に血がいかなくなるレイノー症も
症状が持続する時間は短くなってきてるけど出る。

ヨガに来てくれる生徒さんの肩こりも
レッスン後に改善はするけど、
毎回、レッスン開始時には、
「肩が張ってる~」「肩が重い」という
不調の声を聞く。

最近、いつも来てくれる生徒さんから
深刻な腰痛の訴えは聞かなくなってきたけど
肩こりの訴えは減らないな~。
マスターに「肩こり」について聞きたいな~。
と、なんとなく思っていた私。

で、週末、京都で開催されたマスター・スダカーの講座へ
行って「肩こり」を作っていたのは、自分だといことが判明。

そうだろうとは、知ってるつもりだったんですけど、

体の痛みを作れるのも、体から痛みをとれるのも
自分しかない!

体験し、実践し、実感しております。

姿勢が悪いのは、わかってる。
けど、どうしたらいいのかわからない。
何が正しい使い方なのか、わからない。

ヨガが正しい使い方を教えてくれます。
体の取り扱い方を、もっと早く知りたかったけど、
今が、私にとって最良のタイミングなのでしょう。

だから、みんなに伝えていきたい。
痛みを作ってきたのは、自分だからこそ
自分で痛みを取り除けるよ~って。

もちろん、それを教えてくれる人が必要です。
マスター・スダカーは教えてくれます。
マスター・スダカーの弟子たちも教えてくれます。
ヨガは、一人ではできない。
ヨガは、師と仲間がいてはじめて正しく練習できる。

独学は、よくないどころか、危険です。
ぜひぜひ、一緒に練習しましょう。

マスター・スダカーが直接に教えてくれるヨガは
ワナカムヨガスクールで体験できます。
詳細・お問合せはこちらへ
http://vanakkamyogaschool.com/ja/master-sudhakar/
http://booking.vanakkamyogaschool.com

今年の夏もマスターが和歌山に来てくれます。
今年は、田辺市の紀南文化会館が会場です。
http://booking.vanakkamyogaschool.com/products/detail.php?product_id=116

ヨガで、自分の痛みとさよならしましょう。
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不可能なことなんてない [ヨガのこころ]

私の背中は硬い。
私の肩は硬い。
私の体は硬い。

生まれつきとても柔軟という人もいる。

私はそうではない。

「不可能」なんて何もない。
と、私のヨガの師、マスタースダカーは
繰り返し私に伝えてくれる。

去年の春。
私は、チャクラアサナ、アーチのポーズで
頭を床から持ち上げるのは、
1回が限度だった。

腕が伸びなくて、肘も曲げたまま。
肘を伸ばすと、いう動きをしなくてはいけないのは
わかってはいるけれど、実際に自分の体ではできなかった。

去年の夏、
The Practice という講座を受講。
チャクラアサナを5分キープする仲間の姿を見た。
涙があふれた。

私は、きっと彼女が続けてきただろう努力をすることもせずに
「だって、できないもん」と、言い続けてきたことに気が付いたし

努力を続けたらできるんだよ。
と、いう私の先を歩く彼女に手本を
見せてもらえたと思ったから。

私の背中は、とっても頑固で、
ちょっとでも動かそうとすると
汗が噴き出した。

師に直接教えてもらい、
仲間に汗でまみれた背中を支えてもらい、
腕を支えてもらい、練習を続けて
ちょっぴりちょっぴり動き出した。

チャクラアサナで、5回頭を床から上げられるようになった。

ウシトラアサナからチャクラアサナ降りられるようになった
太ももが疲れると頭で着地しちゃうけど

苦手だったアサナだから、
「チャクラアサナ」と、指示されると
できな~い。嫌だ~。と思っていたのに

「はいはい」と、思えるぐらいに体と仲良くなった。

そしたら!
今度は、チャクラアサナで歩くように指示が出た。

一歩も歩けない。
みんなが横でフーフー言いながらも何往復もしていくのに
私は、一歩も歩けない。頭を着地させてズルして1歩?

運動は苦手。
体育は苦手。
水泳を習いに行ったけど、
友達がみんな4種類の泳ぎが泳げる1級をとってからも
私は平泳ぎで検定に受からずに2年ぐらい平泳ぎから進めなかった。

できない経験がぶわ~っと思い出される。
でも、そこですねたら終わりだ。

だって、実際には、
時間はかかったけど、4種目泳いで個人メドレーも泳げるようになった。

平均的な会得スピードより、
時間がかかる。
それだけ。

さっき、自主練をしていて、チャクラアサナで歩いてみた。
そしたら、歩けた。ヨガマットから、窓のところまで。
こないだは、2歩歩けるようになったと喜んでたのに
今日は4歩か、5歩歩けた。
窓がなければもっと歩けるぐらいな
体の感覚だった。

「不可能なことなんてないんだよ」
できない=ずっとできない
ではない。

根性論ではなくて、正しく練習をすれば、
正しい体の使い方が頭と体で分かっていけば、
長年間違って使ってきた体がほぐれてくれば

私にもチャクラアサナで歩くができる日が来た。

私の最初に教わったヨガ教室で言われたこと。
「体が硬くても、ポーズができないなりに、ヨガの指導はできる」
自分の特性を生かしなさいというアドバイスだったのだろうけど、
今は、それは違うと思う。

体が硬かったから、初めから上手にはできなかった。
だけど、体と対話する方法を教わって、練習を続けてきたから

できなかったことができるようになり続ける人でいられそうな気がしてる。

不可能です。限界です。って、
自分が決めて自分が自分をあきらめなければ
私には、まだまだできることがありそうです。

なんせ、できないことが山のようにあるから!!

そして、生徒さんにも言える。
「わかる~!私もそうだったから!」って。
「でも、練習続けたらできるようになったんです」って。

不可能なことなんて、きっとない。



タグ:ヨガ
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2018年初頭の覚書 [ヨガのこころ]

まだ、2月半ばですのにイレギュラーが起き続ける日々です。
来年、この日記を見返して笑いたい。

1月あたま、薪ストーブ用に薪を切っていて
のこぎり作業にくたびれて、足で踏んで折ろうとして
ずっこけてお尻をコンクリートに思いっきり打ち付ける。

この痛みは長引きました。くしゃみや咳でも痛かった。
今も、ちょっとした動かす加減で違和感のような痛みがあります。
誰のせいにもできないケガ、自分のせいです。

おかげで、自主練ができず、体の巡りが悪くなりました。
が、余計な力を入れていた癖がとれたようにも感じます。
体が動かしやすくなってます。
それと、レッスンでデモができなかったので、口で伝える練習にもなったかも。
口で動きを伝えるって本当に難しいです。

1月半ば、一人で高速に乗って奈良まで運転!!
大冒険でしたが、やり遂げました。
夫からは、いい気になるとまた事故るよと、くぎを刺してもらってます。
でも、できた!うれしい~。

1月半ばのファスティング合宿参加以来、
口に入れた食べ物をのどごしで味わうのをやめ、
口の中でスムージーになるまで噛むようにしています。
結果、おトイレで、出てきたものがいつ食べたものかがわからなくなってます。
以前は、未消化で出てきたもので、いつの食事か判断できてた。。。
よくまあ、体はそんな私の食べ方でもここまで体を維持してくれて来たと
体に申し訳なく、有難く思います。
あれだけ未消化だったら体を作る材料、カツカツだったろうに。
よくぞ、よくぞ頑張ってくれました。
これからは、消化の助けとなるべくよく噛むを続けます。

噛むことで、頬に噛むための筋肉がついてきた。
糖質をとらないでいると、舌の色がピンクになった。
けど、糖質祭をやるとすぐに舌が白っぽい色になる。

消化吸収がよくなって、グラマラスな体までいかなくとも
大きく襟ぐりが開いた服を着ても貧相じゃない体になりたいです。

2月の頭に突然スマホが壊れた。
去年の7月に買ったばかりのスマホが、電源がぷしゅーっと切れて
そのまま立ち上がらなくなりました。
スマホなし生活2日間。すぐに新しいスマホを購入。
ガラケーの電話帳データを移し替えることはできたけど
去年7月以降に新しく登録した方とLINEが消えた。
まだ、つながりを復活できてない方もいると思います。
対策として、新しいLINEはメールの登録もして
電話帳はgmailの電話帳に全部同期させました。
これで、予期せぬ事態が起きても大丈夫?
スマホで撮った写真は消えちゃったけど、それほど惜しいと思わない。
Instagramに載せてたぶんは残ってるし。

そして、今日。
午前のレッスン終わって、窓を開けたら気持ちいい風で
晴れてたので、ウッドデッキでプリパニフローを。
気持ちよかった。途中、風にペンキの匂いが混じったけども。
午後の生徒さんが通りすがりに目にしたそうで
「目撃しちゃった」と、言われました。
一目が気になったり、お日様が強すぎたりでやる気にならず、
ウッドデッキでヨガの練習を
1時間みっちりやったのはこれが初めて。
今度は、みんなから見えないとこでやってもいいかもね~。
ウッドデッキでの倒立は緊張した~。すぐ降りちゃった。

いろいろありました。ここまでで!
まだまだ、何が起こるやら、楽しみです。

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ヨガをヨガとして伝える [サークル]

今年も、年明け早々から新しい出会いをいただいています。
グループレッスンへ職場の同僚を連れてきてくださったり、
旦那さまを連れてきてくださったり、
夫の父へ「ヨガやりたい」と連絡をくださったりして

初めましての方と、去年もお世話になった顔とが
入り混じってのレッスン。

しかも、私は自分が尻もちついて負傷中なので、
言葉で伝えるだけで体を動かしてもらう。。。
自分のイメージをわかってもらえるように伝えるって難しい。

それは、そうと

自分がヨガをして何かしら「いい!」と、
思ったからこそ、家族や友人を誘って来てくれている。

なので、私の責任は重大です。
ヨガをヨガとして、伝える。

年末年始の休み中、
肩も首も痛くて痛くて、「痛い~」と言い続けていて
旦那様に「早く、ヨガに行って」と、言われていた方もいて

ヨガは、「いい」が体験している方だけでなく、
その方の家族にも浸透してきている。

私の体は1つなので、分裂できないけど、
「いい」と思えるヨガを欲してくださる方がいっぱいいる。

この人口の少ない和歌山の日高郡でこの人数です。
日本中にどれだけ、「ヨガ」に出会ったら
日常が快適になる人がいることか。

「ヨガ」をマスター・スダカーから直接に教われているという
幸運を自分のものだけに、とどめておくなんてもったいないことはできません。
ヨガのレッスンも楽しい。
レッスン後にみんなの顔が笑顔になるのもうれしい。

それと同時に、自分の予定表の埋まり具合を見ながら思うのです。
もっともっと、マスターの下で「ヨガ」を学ぶ人が増えたらいいのにって。

今、ヨガインストラクターをしている人が、みんな「古典ヨガ」を知ったら
すごいことになると思うの。
マスター・スダカーから古典のままの「ヨガ」を受取って欲しい。
そして、一緒にヨガをヨガとして伝えていくことができたらいいのに。

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新しい日々 [ヨガのこころ]

いぬ.jpg

新年、あけましておめでとうございます。
幼稚園児の姪が、「昔は、好きだった」なんて、
新年会のすき焼きを食べながら、具の好みを話してくれて
この子の昔って、何年前のことだろうと思いました。

さて、2018年は、平成30年。
今年は、いろんな書類の平成表記もわかりやすくて助かる。

去年の12月に毎週のように参加したワナカムヨガスクールの
ワークショップのおかげで、今まで学んできたことが
ようやくちょっとわかってきたような、自分の中に落ち着いてきたような
そんな気がしています。

「愛する」って何?
「愛」って何?
というのが、ずーっとわからなくて考えてたことだったのだけれど
自分ひとりで考えてても、やっぱりわからず。
だから、耳にし、目にしたことから「愛」への答えを
拾って来たのだけれど、「本物」と「本物らしいもの」は
やっぱり違う。

ドリカムの「大阪LOVER」の主人公の女の子に、自分を重ねて
身もだえしていたこともあったのですが、今、この曲を聞くと、
1人で、感情ジェットコースターにのって、妄想を膨らませていた
イタイ自分を諭しに行きたくなる。

年末、お正月番組の合間に再放送している「逃げ恥」も
大好きだったドラマですが、今は「妄想しないで、直接対話しなよ~」と
思う。でも、たぶん、そのジレジレ感が楽しいんですよね。ドラマも小説も曲も。

人生は、たぶん、とてもシンプルに日々を重ねていける。

でも、ドラマや小説のように、いろんな人が自分の思いと相手の思いとを
妄想して、膨らませて、苦しんだり、悩んだりという味付けをしている。

昨日、スーパーで、おばあちゃんが孫に
「欲しいって言ったり、要らないって言ったり!どっちやの!」
と、叫んでるのを聞いて、またふいに思いました。
さっきは、欲しいと思ったし、今は要らないって思ったんだよねって。

人生は変化し続ける。すべてのものは、変わる。それは真実。
「なんで?」「どうして?」と、疑問を持つことがいいことである。
と、言われてきたから、いろんなことに理由が欲しくなる。
でも、望んでいた理由じゃなければ苦しくなるし、それが自分でさえそうなのに
ほかの人の行動に全部「理由」を求めていたらば、身動き取れなくなる。

ほかの人の行動に
「愛しているなら、こうして」
「思いやりがあるなら、こうしてくれるはず」
「私の望む通りに行動してくれないのは、愛してないからでしょ!」
と、叫んでみても、ね~。
私の想定の範囲は、こうです。と、大きく書き出しているわけでもなく、
ほんとの希望を伝えることをしなかったら、誰にもわかるはずがない。
言わなくてもわかってよ!と、いうのは、最大のワガママなんでしょう。

紅白で、私の好きな曲、「The Rose」が歌われてて、
久しぶりに歌詞を見て、ジーンときて、
ああ、この歌もまた、私が聞きたいように聞いてきたねと、思ったのでした。

愛は、愛するということは
その人の為すことを見守れるってこと。

私は、年末に植えた球根を、気になるからといって、
一時間ごとに掘り返して、根の張り方をチェックしたりしない。
春になったら、茎をのばして、花が咲くのを水やりしながら待っている。

愛するっていうことは、その人をいじりたおして、
構い倒して、抱きしめ続けることではなくて。
耳に優しい甘い言葉を言い続け、要求をすべてのむものでもなく
言わなくたって、わかってるよ。と、先回りして何かを差し出すのでもなく
ずーっと一緒に居続けることでもない。

その人が為すことを見守って、
その人が為すことが、意に沿わないからじゃなく、
その人にとって、危険だったり、するときにだけ口をはさんで
必要とされたときに、そばにいたり、声をかけたり、抱きしめたりして
その人から、自由を奪わずに、自分の自由も奪わせずにいること。

春になったら花開く。
それを、待てるっていうことが、愛なのかなと。

まだまだ、理解は浅いんだけれど
そうかなって思ったこの年末年始です。

だから、とっても穏やかな年明けを過ごしています。
しみじみ、うれしい毎日です。
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仕事納めの日

今日は12月27日。
私の今年の仕事納めの日です。

今年の始め、私の予定表には、
ほぼ毎月のヨガの勉強会が申し込み済みで記入してあって
夫からは、「そんなにいないのか。」と言われておりました。
ほぼ毎月、長くて12日間、短くて2晩。
家を空けて、学んできたヨガは、ジワジワと今効いて来ているようです。

自分の練習をする時間を増やす努力もしたので、
体もちょっとずつ変化しているのですが、
心の在りようも変化してきました。

結婚10周年記念に先週末、旅行へ出かけたのですが、
夫が私を撮った写真がなんか、ちょっといいんです。

夫は、カメラ好きで、今までも出かけると、
風景の中で私のことも撮り続けてくれていたのですが、
毎回、撮るたびに首をかしげて
「モデルが悪い」「写真用に顔を作れ」と、
言われていました。
確かに、写真に映っている私の表情はどことなく不安気。

でも、この旅では、「ま、いいんじゃない」と、言ってもらえた!!

たぶん、今までの私から、脱皮できたんです。
「不安」がなくなった。

この旅の写真、なんか楽し気な私が映るようになりました。

愛して欲しい。
と、欲しがるばかりだったから、
愛されている?嫌われていない?認められてる?
と、常に不安だった。

相手の行動も
愛していたら、こうするはず
好きなら、こうするはず、
認めてくれているなら、こうするはず
と、自分の中にパターンを作っていたから
そのパターン通りに動いてくれないと
とたんに「不安」になっていた。

愛は、求めるものじゃないでしょう。
愛しているならば、相手の行動、言動を尊重しなさい。
と、ヨガの師マスター・スダカーは
今年も何度も何度も、私に諭してくださった。

やっと、ちょっとそれがわかってきたみたい。
旅先での夫が撮ってくれた私の顔が
そのことを気づかせてくれました。

私の本質は、向き合う人にどう隠そうとしても伝わるものだそうです。
今まで、不安気な私を伝えてきちゃったんだろうな~。

今からは、私と向き合ってくれる人にも
心からの笑顔を伝えていきたい。
不安な日々に後戻りしないように、精進します。

今夜のラストレッスン、楽しむぞ~!
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体が硬いから [ヨガのこころ]

今日は、人生初のヨガレッスンを受けてくれた方がいました。
アメリカ人の方が、和歌山県の印南町で、ヨガに出会う。

面白いご縁でした。

で、クリスマスにも奥様の実家へ来る際に
できたらまたヨガのレッスンを受けたいとも言ってくれました。

ありがたいです。

最初は、
「僕は体が硬いから、僕のことは気にせずにレッスンを進めてください」
と、おっしゃっていましたが、なかなかの頑張りをみせてくださって
最後には、この「また来たい」と、言ってくれた。

体が硬いと、ヨガはできない。
と、いうイメージはあると思います。

私には、無理。
だって、前屈できないもん。

と、いうのも自分が自分にかけて呪いかも。

とはいえ、私も
「揚げ物を作るのは無理。だって油がはねるし、片付けが嫌だし」
という、呪文をいつもいつも言っています。

この一歩を踏み出せたら、
揚げたてのから揚げが、食べられるのに。

美味しい思いをするためには、苦手に向き合う必要がある。

体の硬い人にヨガを勧めるのなら、
なおさら、私も揚げ物に向き合うべきですよね~。

がんばろう!私。
美味しいのは、わかってるんだから。

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